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更新日:2021年10月13日

パラアスリート太田渉子さんと対談

10月8日に行われた「Pepperスポーツマンシップ教育」で進行役を務めた太田渉子さんと福田市長がリモート対談を行いました。福田市長は日頃からパラリンアートのスペシャルパートナーを務めるなど障がい者の社会進出に力を入れており今回の対談が実現しました。
対談は終始和やかな雰囲気で行われ、パラアスリートとしての心意気などを対談しました。

 

\_MG_4965.JPG福田市長:今日は対談の場を設けていただきありがとうございます。

太田さん:こちらこそありがとうございます。

福田市長:パラリンピックを目指すきっかけはありましたか。

太田さん:中学生の時にスキーのコーチがパラアスリートの合宿に連れて行ってくれました。その時に競技を行っている人の明るさに触れ、自分も同じようになりたいと思いパラリンピックを目指すようになりました。

福田市長:冬のパラリンピック競技を引退した後に、夏のパラリンピック出場を目指したのはなぜですか。

太田さん:パラスポーツの普及活動の中で、今まで経験のなかった格闘技に興味を持ったので、知り合いに相談したところ手の障がいがあっても出れるテコンドーを紹介してもらいました。シドニーオリンピックテコンドー銅メダリストの岡本依子さんに出会いテコンドーの世界に挑戦を決めました。

福田市長:諦めるようなことはありませんでしたか。

太田さん:自分の限界を決めて諦めそうなこともありましたが、世界を肌で感じることで限界はないと思いました。

福田市長:自分の限界を決めずにやればやるほど自分の物になると思います。太田さんの気持ちを見習いたいです。アスリートも中間市も諦めずに目の前のきっかけを自分のものにできることが大切ですね。太田さんの笑顔が世界の人に勇気を与えられるようにこれからも頑張ってください。本日はありがとうございました。

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太田渉子さんプロフィール

1989年7月27日山形県尾花沢市で生まれ、生まれつき先天性左手全指欠損という障がいがありました。
中学生で日本障害者スキー連盟の強化指定選手となり、高校1年生の時に、自身初となる2006年トリノパラリンピックに史上最年少選手として出場し、バイアスロンロングで銅メダルを獲得。2010年バンクーバーパラリンピックではクラシカルスプリントで銀メダルを獲得。2014年にはソチパラリンピックにも出場しました。2014年3月にスキー競技を引退した後、パラスポーツの普及活動を行う中で東京2020から新競技となったパラテコンドーと出会い、2018年に本格的にアスリートとして再び勝負の世界へ戻ることを決意。東京パラリンピック夏季競技大会では7位の成績をおさめました。